[読書メモ]『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』

p27
日本の地方議会選挙のように、多くの立候補者と多くの当選者がいる選挙だと、多数決のように有権者が一人の名前しか投票用紙に書けないというのは、表明できる意志の量があまりに少ない。一方で、是認投票だと、すべての立候補者へのマルかバツの意思表示ができる。

p71
多数決をめぐる最大の倫理的課題は、なぜ少数派が多数派の意見に従わねばならないのか、というものだ。従わなければ罰せられるからというのは服従する理由であって、従うべき義務の説明にはなっていない。

p89
対比すると、直接民主制が「自分たちのことを自分たちで決める」仕組みで、代表民主制は「自分たちのことを決める人を自分たちで決める」仕組みである。

p96
中央チェコ共和国の首都、プラハの郊外にはストラホフ・スタジアムという巨大な陸上競技場がある。最大収容人数には諸説があるが、フィールドを含めるとおよそ 22 万人、世界最大なのは間違いない。

p142
公共事業はいつの間にか実施が決まっており、住民が決定に関与できるチャンスは実質的にない。工費の情報は静かに公表されるだけで、広いアナウンスはなされない。そもそも、なぜその工費を使うだけの価値が、他でもなくその工事にあるのか、説明されることはまずない。

pp150-151
ところで「政治に文句があるなら自分が選挙で立候補して」といった物の言い方がある。何を根拠としているのか不明だが、それを口にする者の頭のなかでは、それが「ゲームのルール」なのだろう。だが、わざわざ政治家にならねば文句を言えないルールのゲームは、あまりにプレイの費用が高いもので、それは事実上「黙っていろ」というようなっものだ。人々に沈黙を求める仕組みはまったくもって民主的ではない。

p163
日本は先進国で事実上、唯一の周波数オークション未導入国である。