iPhone をやめた

iPad を落として画面を割り、交換修理をしたことを書いた。

iPad の配送修理に申し込んだ – with a Christian Wife
https://wacw.cf/2016/10/25/just-broke-my-ipad/

配送修理に出した iPad が戻ってきた – with a Christian Wife
https://wacw.cf/2016/10/26/ipad-replacement-arrived/

そこでも少し書いたが、これを機に iPhone を使うのをやめることにしたんだ。なぜ、iPad の修理で iPhone をやめることにしたかというと、iPad が壊れたときにブレーンストーミングをして携帯端末について見直しを行ったからだ。

壊れる前の私が使ってた iPad はアメリカ版だった。つまり、シャッター音が鳴らない。それが交換修理によって日本版に変えられてしまった。iPad は iPhone どころではない<けたたましいシャッター音>が鳴る。デジカメをやめ、iOS をカメラとして使うようになった私には日本版 iOS の下品なシャッター音が大嫌いなのだ。

今回の交換修理でアメリカ版から日本版に変えられてしまい、これではただの<劣化>である。私は成長のためには常に<拡大>しなければいけないと考えている。この成長は収入アップと言い換えてもいい。自分を縮小させても収入は増えません。iPad が壊れたのは何かの宿命であり、これを機に一つ上のレベルへアップグレードすべきなのだ。本来ならここで iPad Pro 12.9" を買ったり、iPad から MacBook 12" へと移行するアップグレードを行うべきだけど、経済的事情で許されない。

そこで閃いたのが、iPhone を使わなくするという、別の次元でのアップグレードだ。

最近はどこに行ってもみんなスマホをいじっている。私も結局手持ち無沙汰な時は iPhone を見てしまっていた。でもねえ、<スマホをいじる、あの格好>ってすごく頭が悪く見える。私はそんなのの一員になりたくない。スマホいじりの猿を脱するには iPhone を使わないのが一番なのだ。その代わりに何をするか。読書だ。スマホをいじってるより、Kindle を読んでる人の方が圧倒的にかっこいい。

だから、iPhone を持ち歩かず、iPad を持ち歩くことにした。

iPhone がなくて困らないか。幸い私は電話は通常の電話ではなく、IP 電話を使っている。IP 電話は iPad やパソコンから電話ができる。しかも電話嫌いなので、掛かってきた電話はすべてスマート留守電に転送している。「すぐに電話を取らなくては!!!!」なんて思っていない。

メールはキャリアメールなどという奴隷のツールは使っていないので、iPad やパソコンから自由に送れる。

買い物のメモは今まで iPhone を見ていた。でも、買い物メモは紙のメモを持っていくようになった。

特に困るのが、外出先での連絡手段かもしれない。待ち合わせとかで iPhone がないと少し困る。でも、きちんと事前に打ち合わせをしておけばいいし、iPad でなんとかなる。

電車の乗り換え案内やマップの参照は iPhone が気軽で便利だったけど、家できちんと計画し、場合によってはプリントアウトを持って行けばいい。iPad もある。

夜中にアイデアが思いついたら iPhone にメモしていたが、枕元にメモ帳を置くことにした。

一番の問題はカメラだった。仕方ないから、これだけのために iPhone を持ち歩いている(iPad はシャッター音がうるさいので)。これに関してはできればデジカメを買いたい。

こうやって、あらゆる環境を整え直さなければいけなかった。でも、それがすごくワクワクしたのだ。そして、iPhone にとらわれていた生活から一つ上の抽象度で物事を見ることができるようになった。ここが最も大事なことである。

実際これを数週間実践してきたが、なんとかうまくいっている。iPad はその大きさ故に、外出先ではあまり取り出さない。その分読書量が増えた。これも予想外の利点だった。